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大峰  南奥駆道3 玉置山展望台〜東屋岳
sanpo.no.1119  25年5月23日(木) 晴   単独   
コースタイム:玉置山展望台6:30〜7:00花折塚〜7:48蜘蛛ノ口(岩ノ口)〜9:03貝吹金剛〜9:50香精山〜10:40東屋岳11:10〜11:43香精山〜12:30貝吹金剛〜:39蜘蛛ノ口(岩ノ口)〜15:03花折塚〜15:40玉置山展望台


  当初、葛川トンネルの出た所の玉置山登山口か、二十一世紀の森林植物公園からピストンしょうと計画していたが、現地に来て玉置山展望台からに変更した。最初は林道を歩き。世界遺産大峰奥駆道の記念碑の前を通り、花折塚の案内板に従い山道に入る。花折塚に一礼。700年近く前の南朝の大塔宮護良親王の家臣片岡八郎の墓所である。


花折塚

 花折塚からは林道に出たり入ったりしながらの下り坂。ヤマドリが目の前を走り上がるので慌ててカメラを出す。植林の中の山道は緩やかで周りにはコガクウツギが咲き始めていた。

コガクウツギ ヤマドリ

 水呑金剛(地図では横綱金剛の表示)、上葛川の東中に下る道、稚児之森を過ぎて、ユズリハの多い森を下ると蜘蛛ノ口(地図では岩ノ口)である。葛川トンネル近くの玉置山登山口分岐となっている。地形ではちょうど鞍部になっており、花折塚から殆ど下りだったがここから登りが始まる。
水呑金剛 稚児之森
蜘蛛ノ口 右:葛川トンネル近くの玉置山登山口分岐
直進:奥駆道




 少し登り露岩を過ぎた小さなピークが(小さな巻道があり見過ごしそう)第11靡如意珠岳(にょいじゅ)で千眺森とも呼ばれ大変眺めの良いところだったそうであるが、今は森林に覆われている。地図では標高736mの表示がある所。



 第12靡古屋宿跡は宿跡といわれるような平地がなく緩やかな尾根状となっている。長年の間に山崩れで地形が変わってしまったのだろう。直ぐに古屋の辻になり「二十一世紀の森林植物公園まで15分美味しい水がある」の標識がある。二十一世紀の森林植物公園は明治22年の大水害の荒地跡である。この大水害の後北海道の新十津川村への移住が始まっている。




 かなり急な長い登り、親切にもトラロープが何箇所も設置されている。長い登りの後ちょっと下った鞍部が貝吹金剛で新たな標識には塔ノ谷峠と表示されている。ここは上葛川への分岐ともなっている。なお上葛川の民宿「うらしま」は休止中のようである。玉置山の宿は山伏の修行者以外殆ど受け入れしていないと聞く。奥駆縦走者にとり玉置山周辺の宿はなくテントかツエルトが必要だ。ちょっと登ったところに貝吹之野の石標がある。ここから上葛川に向け法螺貝を吹くと村人が竈に火を入れ山伏たちの食事準備にかかったといわれる。 (森沢義信氏著「大峰奥駆道七十五靡」より)

貝吹金剛 上葛川へ
貝吹金剛 貝吹金剛からの道





 急登が続いて すず竹が繁る平地の小ピークが第13靡「香精山」こうしょうさん、標高1122mである。三等三角点があり、あたりが切り開かれていた。この付近はすず竹が多く毎年の刈払いが大変だろう。香精山を下り鉄塔下の明るい場所に出ると地蔵岳が見えてくる。
香精山 地蔵岳方面

 葛川及び槍ケ岳方面への分岐を過ぎる。ようやくヒメシャラやシャクナゲが見られるようになり大峰らしくなる。桧之宿跡を過ぎると第14靡「拝み返し」、第15靡「菊ケ池」の行所が相次ぐ。 間もなく今日の折返し地点の「東屋岳」標高1230mに着く。

桧之宿跡 拝み返し
菊ケ池 東屋岳

 帰りは野草などを愛でながらゆっくりと戻る。行きには目につかなかった小さな野草が以外にも多い。ハルノタムラソウは久し振りだ。分厚い葉っぱに斑点のあるのはチャボホトトギスかな。他にミヤマウズラ、ツクバキンモンソウかなと思えるのが。

はて? テンナンショウの仲間
ツクバキンモンソウかな ウマノスズクサ
ミヤマウズラ コガクウツギ
チャボホトトギスかな イナモリソウ
ハルノタムラソウ コアジサイ
カンアオイの仲間 ヤマジオウ
ヤブレガサ スミレの仲間 スミレサイシン?


 玉置山展望台に戻り、玉置山駐車場に移動。締まりかけていた売店で秋刀魚鮨を買い、甘夏大きなの8個も入り500円で買う。安い、オマケにもう1つ頂く。明日は那智?の行者が80人も前鬼に向かうという。これから叡山、三井寺等の修行者のシーズンとなる。玉置山の宿泊は登山者でも難しく神戸から来る3人も予約を断っていたようだ。玉置山駐車場からの展望も申し分ない。釈迦ヶ岳は分かるが伯母子岳、大塔山等は分らない。ここで車中泊を決め込んでウイスキーを飲んで寝ていたら、車のドアをバタつかせる音に目覚め寝付かれない。近くに夕日の写真を撮っている方がいたのだ。3分ほどの所の元の玉置山展望台に移動し静かに休んだ。



中央左 釈迦ヶ岳





大峰  南奥駆道3 玉置山・宝冠ノ森
 25年5月24日(金) 晴  単独



 目が覚めたら午前4時30分だった。あたりは薄明るくなり、熊野灘を朝日が登り初めて傘捨山などの空を黄金色に染めていた。かつえ坂から登り、玉置山駐車場からくる山道に合流し、散り始めた石楠花の間を抜けると第10靡「玉置山」標高1076mだ。一等三角点。別名を沖見岳や船見岳などと呼ばれ、修験道では「無漏岳」むろだけ、と呼んでいる。東南に熊野灘を見ることが出来るようだが霞んで見えない。沖見地蔵にお参りし、釣鐘を備え付けの金槌で3回叩いて鳴らす。静寂の中、鐘のよい響きが木霊のように伝わって行く。


左端 笠拾山


大峰奥駆道世界遺産の碑 左:かつえ坂
玉置山山頂 沖見地蔵
玉置山山頂からの展望 釣鐘


 玉置山から西南に延びる尾根にある「宝冠ノ森」に向かう。南奥駆での本格的な修験の道でだんだんに険しくなる。大きなピークを2つ越えると岩山のピークが5つあり、両側が切れ落ちたキレットを通る。垂直に一枚岩を鎖を掴んで慎重に下る。再び岩尾根を進んで切り開かれた断崖の上に達する。ここからの展望は申し分ない。南方向に蛇行する熊野川の先に子ノ泊山、烏帽子山、また西方向に西峰、蛇崩山、笠拾山が展望できる。人の気配もないこんな場所に長居は無用で早々に引き返す。

宝冠ノ森に向い勧業山の碑、上平主税碑
左:玉置神社へ 右:かつえ坂へ
宝冠ノ森へ 鎖場
宝冠ノ森勧業場 宝冠ノ森先端




蛇行する熊野川




 再び玉置山山頂から杉の巨木の道を下り、玉石社を通り玉置神社に着く。玉置神社の歴史は複雑で一口に言えば神仏や宗派の争いで支配権の変転の末、現在の形になっている。
創祀は不明ながら山岳と石の崇拝から始まり、国常立尊(くにのとこたちのみこ)伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の三社を祀るといわれる。(森沢義信氏著「大峰奥駆道七十五靡」より)

玉石社 神社が見えてくる
受付 御札売り場
国の重要文化財の襖絵 御神酒を頂く
玉置神社 夫婦杉
樹齢3000年という神代杉
枕状溶岩


 神社にお参りし、御神酒を頂き国の重要文化財の襖絵を覗き見る。本殿の裏には巨大な夫婦杉や樹齢3000年という神代杉の巨木がある。また見逃してはならないのは天然記念物の「枕状溶岩」である。駐車場に抜ける道沿いに見られる。海底噴火によって出た溶岩が海水で冷やされてできたものである。


 

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